優れたデザインは、企業の業績を後押しする。マッキンゼーが上場企業300社を対象として2018年に実施した調査によると、デザインの実現に最も効果的な取り組みを実践している企業は、業界平均の約倍の速さで成長し、また2倍近くの価値を創出している。前回の記事 1 で、日本企業はデザインを重視することで、さらに多くの成果を得られる可能性があることを示した。また、優れたデザインを組織的に導入する取り組みを行って、実際にイノベーション能力を活性化させ、顧客とのつながりを強化している企業の例も紹介した。
マッキンゼーのこれまでの知見によると、日本企業のリーダーの大半は、デザイン力を強化することが自社の競争優位性の確立につながる可能性があることを認識している。それにもかかわらず、そのような能力を自社組織で開発する方法を把握できていないように思われる。
優れたデザインを実現するプロセス
マッキンゼーの調査から、優れたデザインを実現するためには包括的なアプローチが必要であることが判明した。前回の記事で述べたデザインの推進要素である4つの項目(図表1)すべてを実践している企業では、デザインが組織に確実に真の価値をもたらしている。 このような取り組みを定着させる最善の方法は、実際のプロジェクトで実践を重ねることである。成果をあげている組織は、デザインプロセスを導入するにあたり、通常、大局的な視点を持ちつつ小規模なプロジェクトを選択し、リソースや労力を投入して4つの項目すべてに取り組んでいる。
まずは、単一のパイロットプロジェクト(本格導入前に実施する試験的なプロジェクト)から始めることで、望ましい結果が得られる確率を最大限に高めることができる。また、初期の成功は、同様のプロジェクトの道筋を照らす「ライトハウス(灯台)」のような役割を果たす。優れたデザインを実現する試験的な取り組みは、時間とともに組織全体に拡大し、そのうちに通常の取り組みとして定着する。
例えば、米国カリフォルニア州に拠点を置くメドテック企業であるIllumina (イルミナ)社は、デザインを活用することにより、中小企業から遺伝子解析用機器で業界をリードするプロバイダーへと大成長を遂げた。2000年代半ば、同社のCEO (当時)であったJay Flatley (ジェイ・フラットレー)は、急拡大する新規市場で成功するためには、製品に最高の技術を搭載するだけでは不十分で、使いやすいものにする必要があると考えた。そのためCEOは、製品開発チームを顧客が抱える課題に直接向き合わせるという戦略をとった。これにより、同社のエンジニアは、顧客への深い共感を得るとともに真の顧客ニーズを認識し、製品開発プロセスにおいて顧客の支持を取り込むことができた。Illumia社は、その後の一連の製品開発を通じて、顧客主導でデザインに取り組むことを組織文化として確立した。その結果、同社は10年以上にわたって市場シェアを拡大し続けており、株主にも大きなリターンをもたらしている(図表2)。
このアプローチは日本企業にとっても理にかなっており、実際、革新的なアプローチをパイロットプロジェクトで検証するという手法は、改善に慣れ親しんだ大半の日本企業において容易に導入できると考えられる。しかし、いざ導入となるとそう簡単にはいかず、欧州や北米の企業で成功したプロセスを日本で再現しようとすると、慣行や文化的規範の違いによりうまくいかないことが多い。
とはいえ、日本でもデザイン主導型の企業が現れつつある。マッキンゼーが実施した調査やインタビューから、これは偶発的なものではないということが分かっている。このような組織は、いずれも、従来型のビジネスプロセスから脱却し新たな業務手法に移行することを自ら決断し実行しているのである。
これらの企業は、海外の企業と同様に、焦点を絞り、高インパクトが見込めるパイロットプロジェクトから着手している。海外の企業と異なるのは、前回の記事2で言及した、優れたデザインの実現を阻害する日本特有の要素を打破できるよう具体的な取り組みを行い、日本の状況に合わせてアプローチを調整しているという点である。また、日本企業は、優れたデザインの推進要素である4つの項目すべてを、明確な順序に基づいて構築する傾向がある(コラム「優れたデザインの推進要素を構築する」を参照)。
アナリティカルリーダーシップ: デザインを経営課題とする
大規模な変革を起こす際には、経営幹部からのサポートとコミットメントが必須となる。デザインの場合、経営幹部は、まずは製品やサービスを顧客のニーズに直結させることの重要性を理解すべきである。そしてその後、変革に対するオーナーシップ(当事者・責任意識)と、変革を遂行するという使命感を持つ必要がある。ここからが、真のプロジェクトの始まりとなる。日本では、CDO (最高デザイン責任者)を設置している企業はまだ一部であることから、経営会議などで自らの責務としてデザインに関する発言をする経営幹部は少ないと思われる。加えて、デザインへの取り組みが生み出す成果や価値を測定する指標が、まだ企業内外で確立されていないことが多い。
デザインプロセスにおいて経営幹部がデータに基づき最初に行うべき最も重要な意思決定は、最初のプロジェクトを選択することである。これには、慎重を要するトレードオフを伴う場合がある。ライトハウスとして企業の戦略目標に大きな貢献を果たすためには、焦点を絞りつつ重要なパイロットプロジェクトを選択する必要がある。同時に、比較的小規模のチームが不慣れなアプローチを適用しても管理できるようなプロジェクトである必要がある。
例えば、新たな競合企業の出現や技術革新により脅威にさらされている主要セグメントにおけるプロジェクトなど、緊急性の高い施策を選択するというアプローチもある。また、新たな製品カテゴリーや新規の輸出市場など、大きな成長機会の獲得を目指すというアプローチもある。
このようなハイリスク・ハイリターンの案件をパイロットプロジェクトとして選択することは、必然的に経営幹部の関心を集めるという点で有効である。しかし、大きなリスクを負うことにもなるため、企業によっては製品のコンセプトや機能を大幅に変更することを躊躇してしまう可能性もある。そのため、まずは基幹製品以外で新たなデザインアプローチをパイロットとして導入し、その後、より重要で模範となるような「ライトハウスプロジェクト」を展開することで、このアプローチが組織全体で幅広く採用されるようになると考える。
シームレスな顧客体験の提供: プロジェクトの開始段階から顧客と対話する
組織は、ライトハウスプロジェクトを選択した後、すぐさま顧客の巻き込みを開始すべきである。リーン生産方式の専門家は、最善の改善策を見出すためには、実際に作業が行われている工場に足を運び、作業員と会話をしたり、自分の目で製造工程を確かめたりする必要があることを以前から認識している。とはいえ、工場に足を運ぶような現場主義を他の分野に適用し、顧客を巻き込むようなプロセスにすることは、日本の多くの製品開発チームにとって大きな変革となる。ある医療機器メーカーのリーダーは次のように語っている。 「通常、製品エンジニアが顧客を訪問することはない。情報は営業担当者から収集している。これは、営業担当者が顧客との関係を奪われたくないからであり、またエンジニアが顧客と顔を合わせることに消極的だからである」。
エンジニアが直接顧客と顔を合わせ、実際に製品が使用されている様子を観察するのは極めて異例なことかもしれない。従来、大半の組織において、エンジニアは、技術面を最優先に製品開発に取り組んでおり、要件定義で定められた一連の機能を適切な品質とコストで提供することに主眼を置いている。一方、顧客や経験豊富なエスノグラフィーリサーチャー(観察対象の実際の生活に入り込み、生活環境や行動様式などから情報を取得する役割を担う)とエンジニアが協働することで、どのような製品であれば顧客の実際のニーズを満たすことができるかを最優先に考えることができるようになる。これにより、不要な機能や複雑すぎる機能を取り除いたり、顧客のニーズに対応するためのより適切な技術を模索したりすることで、様々なイノベーションを生み出すことが可能になる。
パイロットプロジェクトでは、初期段階で顧客の行動観察や顧客との対話から収集した情報の意味合いを抽出し、それを基に様々なニーズについて優先順位づけを行うべきある。これらが、その後の開発活動の基盤となる。例えば、ある日本の大手家電メーカーでは、エンジニアに対して、各製品の機能が顧客の具体的なニーズにどのように対応しているかについて説明するよう求めている。
機能横断的なアプローチ: ステークホルダーを結集させる
顧客インサイトを抽出した後、経営幹部は、プロジェクトを実行するための適切なチームを編成する必要がある。重要なのは、新たなデザインアプローチの指揮をとるリーダーを、組織内で1~2人特定することである。この役割に適しているのは、組織の現行の製品開発プロセスを熟知しており、他の従業員を巻き込みモチベーションを高めることができるコミュニケーション能力と優れたリーダーシップを有する人材である。最初の任務は、デザインに関する組織のビジョンを明確にし、なぜデザインが重要なのか、デザインで何が得られるのか、デザイン主導のアプローチは従来のものとどのように異なるのかについて明確に示すことである。ある日本人のCEOは、自社での実績を踏まえて次のように語った。「エンジニアの意識を変えるには、このデザインアプローチを支持しているエンジニアリングリーダーを見つけることが一番である。彼らは、若手のエンジニアに非常に大きな影響を与えてくれる」。
デザインリーダーと協働するチームメンバーも慎重に選ぶべきである。具体的には、変化への意欲と危機感を併せ持つ人材である。また、エンジニアと他部署・他部門の代表者を含め機能横断的なチームにする必要がある。例えば、マーケティング担当者は、顧客の代弁者として、チームがニーズの優先順位づけや初期のアイデアの価値を検証する際に効果的に支援することができる。同様に、製造や調達の担当者は、新規のアイデアに対してコストに関する情報を早期に提供することができる。このように、様々な視点や見解を組み合わせることで、チームは最も大きなインパクトを与え得る機能やコンセプトに注力することが可能になる。
従来のアプローチとの違いを明確にするには、チームメンバーが普段とは違う形で集える環境を整えることが効果的である。例えば、通常のエンジニアリング施設とは別に、デザインアプローチを採用するチームに対し、大学のラボのような「デザインガレージ」を設置することなどが挙げられる。
反復的な開発の重視: アジャイル文化の醸成
日本企業では、職場の仲間への配慮などから、一度合意に至った後は、初期のアイデアに異議を唱えることを控えがちである。ここで問題となるのは、初期のアイデアは「未熟」なものであるということである。したがって、初期のアイデアは、様々な意見を取り入れて進化させ、より優れた強力なアイデアとなるよう熟成していかなければならない。また、日本企業では顧客とのテストを早期に実施するものの、一度しか行わない傾向がある。しかし、精緻化に向けたサイクルを1度回しただけで最適解を得られる可能性は極めて低い。発売時に多大な損失が発生するリスクを軽減するためにも、最低でも2~3回は顧客からフィードバックを収集する必要がある。
パイロットプロジェクトでは、通常のプロセスとして早期に顧客とのテストを実施し、チームは、モデルや忠実度が低い(ローファイ)プロトタイプを共有し、MVP(実用最小限の製品)に基本的なイテレーション(一連の工程を短期間で繰り返す開発サイクル)を実施する。前述のように、このように顧客を巻き込むことは異例なことかもしれない。しかし、このアプローチを採用した企業は、初期段階での失敗による学びが長期的には時間とコストの削減につながり、また継続的にフィードバックを得ることが有望なアイデアを優れた製品へと昇華させる一番の近道であることをすぐに実感できるはずである。
優れた成果をあげているデザインチームは、定期的なテストサイクルを中心に据えて一連の活動を計画している。具体的には、ソフトウェア開発と同様に、次にテストする機能や製品の属性に焦点を当て、プロジェクトをスプリントの単位に分割する。そして、専任のプロダクトマネージャーがアイデアや課題のバックログ(対応すべき項目のリスト)を管理し、プロジェクトの進行に合わせてそれらの項目に対するアクションの優先順位の見直しを行う。
このように迅速かつ柔軟なアプローチをとるためには、デザインチームの考え方や業務手法を刷新させる必要がある。最も成功を収めている企業では、デザインチームを社内ベンチャーのように扱い、意思決定権を与えると同時にリスクを担わせ、自身のチームの製品にオーナーシップを持つよう促している。しかし、これは決して経営幹部は介入せずに静観すべきという意味ではない。経営幹部は、デザインチームが組織の他の領域から必要なサポートが受けられるようにするなど、支援の面において重要な役割を果たす必要がある。
デザインの推進要素を社内に幅広く展開する
パイロットプロジェクトは、新たなデザインプロセスを導入するすべての組織にとって重要な第一歩となる。日本企業は、一般的に、新規のプロセスや技術をパイロット運用によりテストし改良するアプローチについては、既に馴染みがあり問題なく導入できると思われる。しかし、パイロット運用を本格運用にまで拡大することは、はるかに大きなステップとなる。
これを実現するためには、パイロットプロジェクトが確実に真のライトハウスプロジェクトとして認められ、その成果が幅広く組織に共有され、理解される必要がある。組織のリーダーには、ここで果たすべき重要な役割がある。それは、成功したパイロットプロジェクトが生み出したインパクトを組織全体に知らしめ、その成果をいかにして達成し得たのかについて明確に説明することである。
また、一連のパイロット運用を成功させたとしても、それは組織のデザイン変革の始まりに過ぎず、終わりではないということを認識すべきである。新たなアプローチが持つ価値を証明し、組織の他の部署・部門からの興味や関心を引き出すことができたら、リーダーは他の部署・部門からの多くの要望に対応する準備を整えなければならない。具体的には、優れたデザインプロセスを取り入れた新たな標準作業手順書 (SOP)の策定を支援し、その手順をモニタリング・推進する新たなガバナンス体制を構築することなどである。また、他の従業員をサポートし意欲を引き出すことができるような、デザインに関するスキルや経験を備えた人材を配置することも重要である。デザイン主導の組織変革は、リーダーの強固な決意、課題に果敢に立ち向かう勇気、高度なチェンジマネジメントのスキルが求められる長期的なプロセスとなる。
本稿では、日本企業がデザインに関する行動パターンのベストプラクティスをいかにして学び習得するかについて紹介した。その中核となるのは、顧客との直接の対話により顧客のニーズを把握すること、そのニーズをアイデアに落とし込むこと、そしてパイロットプロジェクトで顧客のフィードバックを基に反復的な開発することである。
日本は、特に生産に関するプロセスイノベーションを実現していることから、「優れたデザイン」に関してもさらに上位のレベルを習得できるポテンシャルがあると言える。その可能性を実現し、顧客のニーズを満たす製品を創出することで日本の競争力を飛躍的に高めることができると我々はみている。 その可能性を実現し、顧客のニーズを満たす製品を創出することで日本の競争力を飛躍的に高めることができると我々はみている。本稿が、日本企業にとって、市場をリードする製品やサービスを生み出すための新たなデザイン力を構築するための一助となれば幸いである。